< Dec 2010 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >

1998→2010

2010-1998=12
干支ひと回り分、慣れないながらのwebな世界を足を踏み入れたまーんま(※1998/7に自宅開通)。
書く文量、書く対象の違いはあれど、それでもだよ。
12、て。
12、て、ねー。
10の時が「ああ、10ね」と思い、年月の重みは思った以上に感じなかったのだが、1年前、11で「10年以上だよ」と思った以上に、この今、12という数字がズッシリ響くですよ。
参ったなー…
干支ひと回り。
時計の針は1から12まで。
そう意識付されてるからだ、きっと。

日記のsub title代わりに歌詞引用した時期があるので、そういう書き方をしていた時代(1999年〜2000年前半)の12/12を掘り起こしてみることにする(過去日記)。
1998/12/12に日記mainの個人siteをDTIのserverに開設、この時は何もナシ。
その1年後、1999/12/12はSing Like Talkingの「Standing」を引っ張り出す。
同じようにして、2000/12/12が古内東子「歩き続けよう」。
この時、当時のweb界隈の常識であっただろう「個人サイト3年限界説」に触れている。
2001/12/12はThe Gospellers「One More Day」、それも"アカペラ人"ver.を引っ張り出したのだが、この当時の文体の語気はひたすら憤りに満ちていて、厭世的であり、とかく粗い。当時の精神状態が露骨に、いわば露悪的なまでに出ていて、歪んでいて非常に読み辛い。
厭世的な文体から3年後、Spitz「謝々!」を引き出しに感謝の言葉だけを綴ったのが2004/12/12になる。
感謝の言葉だけになるまでに随分な時間を要しているのだな…
2005/12/12は過去logとして格納されているので、特別に、日付のところに過去logからのlinkを張っておこう。
読み返すと、あっけらかん!「あ、そうなんすか!」である。此処まで来ちゃったから重いわ、ではなく、こんなことしながら此処まで来ちゃったんかい!だから呆れるわ!だったのだ。
此処のsite史を仮に総括すると、2005年は、このserverをどう使うか考えあぐねていた"過渡期"にあたる。
text editorでHTMLを書いていた時期と、blog toolを入れた時期の間に当たるのだ。

ここ1年と少しで、すっかりtwitterにアレコレ書く御人に思われているだろうし、確かにtwitter上にあがる文量も相当あるのだろう。他人の目で見たら思われて相当だわー。そう思ったのが、自分宛に、こういうご質問にあったからだ。

@tr_aces そういやsachiさんはtwilogなどはご利用なさらず、ツイッターのログは貯めずに消えるに任せる方針なのでしょうか(;∀;)いやこれだけのログが消えるのは勿体ないな〜と……(;∀;)(twitter)
なので、自分とこはtwitter用の過去logありますYO!とご紹介したわけですが。

今のご時世。近況を出すとして、最速だとtwitterになるのか。
でも此処は此処で時に散文なり、ある時は考えを練り上げた文章を不定期に出して行ければ良いのか… て考えとります。
それが月に一度の更新であろうともね、それは"traces"をやってく上での最低限の足枷にしときたい。

自分がそうだから書くのですが、twitterやってて、この人悪かないけどtweet多くて、それもsage傾向で読んでて辟易すんだよなー。このmusicianは昔から大好きなんだけど、この人の発する言葉は兎角、こちらに刺さり易いのでキッツいのよなー。という場合、に。その対象者が自分のように過去logを保管しているblogがあるのなら(Twilogとかね)RSS readerにRSS feedを登録して一日単位でtweetsを追っかけるのがよろしいよ、と言ってます。
それとは別に、ちょっと気になった人でlog保管してあるのがわかればFollowはせず、Twilogなどの過去logを一日単位で読むことで、文章の癖、思考回路の癖にFollowする前から馴らしておく。馴らしてからFollowする/しないの判断を下す。という手も自分は使う(爆)
一日単位でまとめて読んだ方が、この人、Followするよか良いわ!となる時もあるのですよ。twitterはTL(TimeLine)にいないと、どーにもならないというmediaだと思うのです。

< 万華鏡(1979) | top |