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水の精(1994)

以前より読みに行く音楽モノのblogでも、音楽モノ評論のsiteでも裕木奈江のalbum『水の精』は高く、-----それは読み手の此方が驚くほどの熱を以て-----、評価されていた。
そして、そのどちらも文章の書き手は男性。
そのうちのひとりは、idol popの名盤の系譜に、このalbumを置いている。
作詞・produceで松本隆が全面協力。細野晴臣らが参加-----
歌い手の彼女以上にcredit的なところが自分の頭の隅に引っかかった。

彼らが何故、裕木奈江?
細野作曲、松本作詞の「宵待ち雪」を聴くと「彼らが何故」という疑問の答えの一部があるように思う。



松本氏たち(ここでは特に松本氏だろう)の求めていたfragileな"少女"の音世界。これを十全にやり切るには、裕木奈江の声が、裕木奈江の歌が必要だった。一方、裕木奈江にも松本・細野両氏の力添えが必要だった。
そして、それは音楽として大きく成功している。この音世界に男性陣は心を揺さぶられたのだろう。
裕木奈江をdebutさせた星野東三男氏のinterviewを読むと、彼も『水の精』を裕木奈江の最高傑作と推している。他のalbumの話もそこそこに『水の精』について語るのだ。こんなふうに。

それから、もう一つはホントにこれは世に出したかった『水の精』というCD。これはもうホントに傑作なんですよ。これは素晴らしいんです。
-----星野東三男氏インタビューより抜粋
しかし、実に素晴らしい出来のalbumが素晴らしい売上げを記録するわけではない。この現実に制作者たちは直面し、大きく挫折する。

1990年代が更に遠くなっただろう2010年代、このalbumを聴いていて、私が思いだしたsg.が2枚ある。
ひとつは三浦綺音「家族の肖像」(1994)、ひとつは中谷美紀「いばらの冠」(1997)だった。
「血がつながってないと 気付いたのはずっと前」で始まる「家族の肖像」。
この曲の持つ独特の重さが歌詞冒頭の"血"の印象から来るものならば、一方、『水の精』に通底するのは"水"の持つ清冽な印象である。
血と水の違いはあれど、「家族の肖像」も『水の精』も"1994年"という一時期に、ともに壊れそうな少女を瞬間真空packageにした感じだ。
ともに脆く、壊れそうで、時に魅惑的で、男性の心をくすぐらせるだろう少女の姿。
ちなみに、三浦綺音とそのstaffが危うい少女路線を音楽でやろうとしていたことは、三浦綺音のblogで、彼女の言葉で語られている。
それを表現し切った作品にも歌手にも制作者にも天晴れの一語なのだが、一方で、所謂idolの枠から片足はみ出し、片足はartの枠に突っ込んだ感じも受ける。だからというわけではないだろうが「家族の肖像」はNACK5『JAPANESE DREAM』でGrand Prixを獲得した(JDチャート1994年8月度1位)。
1996年3月には華原朋美「I'm proud」が出たことを考えると、時代が求めるだろう"fragileな少女像"も時代と共に刻々と変化していることに気付けるのでは?となるのだ。

で、もひとつ。中谷美紀「いばらの冠」。



このsg.の写真を覚えている人はいるだろうか?
なかたにさん水の中だぜヒャッハー!てのは、ここでは余り関係ないので横に置く。
曲のdata的なことを言えば、「いばらの冠」は作詞:松本隆、作曲:坂本龍一。
かの『水の精』では"葡萄酒みたいな微風"(「月夜のドルフィン」より)、"時計の針が嘘を縫ってる"(「宵待ち雪」より)、"薄荷の匂いの四月雨""バスが連れ去る 純粋な日々"(「空気みたいに愛してる」より)、"風の絵筆が翳りを描く"(「鏡の中の私」より)…と松本的風街的少女趣味大放出だったのが、ここではサビに、こういう言葉がトン、と来るのだ。
わたしを消去して
----- 中谷美紀「いばらの冠」
うーーーむむむ…
"無色透明のインクがあれば 愛しているって書けるのに"(「恋人たちの地平線」より)から数年経過、あの時の少女趣味から、だいぶ現実的。
時代的にポケベルから携帯(PHS含む)へ移行する時期ではあっただろうが、ここで「消去して」…
『水の精』で松本氏が受けただろう大きな挫折を思うと、この時期、こういう言葉が出てくるのも氏の詩作の試行錯誤の結果かー… と遠い目になるのだ。
でも、怖いよね。消去して。て。

水の精
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