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Soul Serenade(2000)

金字塔。これで終わりだと思って作った。


それは『Soul Serenade』リリースから20年の日の出来事。

そうかそうか、今もそう思っているのか。答え合わせが出来た、という気持ちで珍しくtweetすることにした。
正確には2001年。凡ミスもいいところである。反省。
して、このように綺麗な折り返しが。
2000年から20年、2020年。このやりとり。SNS時代そのものやねえ…
黒沢さんに教えた、本当は2001年の発言。それが↑のBOTのtweetである(自分管理のBOTなのに捜したYO!)

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補助輪が外れる日

先日、以下のアルバム評を読んだ。読んで回顧したことがあったので書くことにした。
ゴスペラーズが貫禄ある歌とコーラスで大人のR&Bを魅せた『Soul Serenade』 | OKMUSIC
…、ナルホドネー(読後の第一声)。

20年前のアレコレ調べるとなればWikipediaから拾うでしょう。『Soul Serenade』前の時期のチャートアクションもデータとして当然拾うでしょう。

個人的に振り返って思うのは、「永遠に」以前もホールでコンサートをやっていたと記憶しているので、少なくとも鳴かず飛ばず…という状態ではなかったことは間違いない。
そう書かれているけれど、じゃ、そのホールでのコンサート事情。そのどこまで体感しているのやら(ハテ)。などと20数年前からの記憶を総動員して毒づいてしまう。その毒づきモードのまま、「永遠に」な前後、1999年2000年頃のホールコンサートな話から書き始めてみる。


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以上、よろしくお願い致します。

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change

これはファンアイテムだわ。



ファンアイテムとしては非常によろしいけれど、それが外に対するアプローチになるのか?ってーと。という話である。だから「これはファンアイテムだわ」と話が出た当初から口にしている自分がいるですよ。
「情報誌の『ぴあナイト』でデート用のおしゃれなバーを捜して行って、カッコつけてわけもわからず注文して自分だけ酔ってしまった黒沢さん」を知ってる限り、歳月は人を変えるよねー…と思った次第。

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Winter Cheers!〜winter special / Higher(1995)

それはまだ、CDシングルが8cmだった頃の話。

8cmシングルでリリースされた当時のものだろう。シングルの宣伝文句は、こう書かれている。

ゴスペラーズの3rdシングル!冬、クリスマスやスキーに欠かせないのがパーティーソング。「Winter Cheers!〜winter special」はモータウンを意識した音作りで、パーティーしたくなるウキウキした気持ちにさせます!(URL
定型的だが、この書き方でよろしいだろう。そうかそうか------、そう思わせてくれる短文だ。
1995年当時の音楽シーン分析(この文章は"マクロ"な分析だと個人的に思う)については【A面】犬にかぶらせろ!: 1995年に見るJポップの転機を一読していただいて、ここでは"ゴスペラーズ"という"ミクロ"な話題に入っていくことにする。
1994年12月デビューのゴスペラーズにとって、1995年は、ほぼ新人アーチストといって良かった頃だ。
まだホールコンサートも出来ていない(コンサートツアーでホールクラスの会場が初めて組み込まれたのは1998年夏の「坂道発進」ツアー、渋谷公会堂だ)。
翌1996年になると10月から「笑っていいとも!」(CX系)でコーナー枠で彼らが登場するようになり、お茶の間に顔を売ることになるのだが、それが起こる1年前。

ペーペーであり、まだまだ雌伏の時だろうゴスペラーズを評価していたのは、どのあたりだろう?
ゴスペラーズがメジャーデビュー曲「Promise」(1994/12)、のちに大ヒットした「ひとり」(2001/3)で月間グランプリ(1位)を獲得したNACK5『JAPANESE DREAM』(以下『JD』と略す)を聴いていた層は確かに彼らを評価していただろう。『JD』は月に多い時で100曲余りの"ニューシングル"の1コーラスを聴いて曲のジャッジを下す、その際「投票プロモーションをアーチストスタッフ側がかけることは御法度」という(ここ重要)或る意味、荒行入った番組だった。つまり、この番組で勝負するならノン・プロモーションが基本。
参考までに『Japanese Dream Vol.6 MUSIC CHRONICLE』からゴスペラーズのランクインデータを引っ張り出してみることにする(本だとp.14、※10の脚注)。
1994/12:「Promise」1位
1995/07:「U'll Be Mine」17位
1995/10:「Winter Cheers!〜winter special」8位
1996/06:「カレンダー」4位
1996/10:「待ちきれない」17位
1997/06:「ウルフ」6位
1997/11:「Vol.」16位
1998/04:「夕焼けシャッフル」13位
1998/06:「BOO〜おなかが空くほど笑ってみたい〜」9位
1998/11:「あたらしい世界」17位
1999/06:「熱帯夜」ベスト30
1999/11:「パスワード」8位
2000/08:「永遠に」3位
2001/03:「ひとり」1位
2001/07:「約束の季節」6位
これはゴスペラーズと同時期に他アーチスト-----ベテランからニューカマーまで-----も等しく、同じようにニューシングルを聴いての順位付けだ。だから『JD』で「ひとり」が2度目のグランプリを獲った際、彼らは過去にリリースした楽曲もランクインしていた頃を振り返って、このような発言を残している(2001/3/11放送)。
村上:「「カレンダー」の4位とかねーー、売れるかな?とかって思ってましたけどね」
安岡:「そんで、その後の「ウルフ」6位とかもさー。この時に僕らの中ではブレイクしてたんですけどー」
ゴスペラーズがデビューした頃には『JD』は「曲が売れる時の"トバ口"」としての機能を果たしつつあった。
実際のことを言えば、『JD』にランクインした楽曲が売れる(売れた)ケースはある。それも数多く。
まず開始当初、1992年4月度1位が「君がいるだけで」(米米クラブ)だったし、同年9月度1位は「決戦は金曜日」(Dreams Come True)だった。どちらも同年の年間チャートに出てくる楽曲だろう。
同年11月度に「抱きしめたい」(Mr.Children)が2位に食い込んでいるが、このシングル、アルバム『Kind of Love』と同時発売だった結果、オリコン順位最高が56位だったりする(Wiki)。「抱きしめたい」だから、まだ「Replay」(※CMタイアップ)も「CROSS ROAD」(※ドラマタイアップ)も出てない頃のミスチルだかんね!と言っておこう。
「君がいるだけで」や「CROSS ROAD」がそうであったように、1990年代はタイアップを付けてCDを売った時代だといえる。更に言えば、その成功例が増えてきたのが1990年代前半、依存を深めていくのが1990年代中盤という感じがする。
何かのドラマのタイアップ曲。
何かのCMの…
ラジオ局のパワープレイで…
-----、そんなタイアップ全盛なご時勢だったから『JD』の「すべての楽曲に平等にチャンスを与える」という番組理念に惹かれ、番組を耳にした自分のような人がいたのだと思う。が、これは閑話休題。

本題に戻る。
ゴスペラーズとタイアップ、と聴いて思い出されるのが『Japanese Dream Vol.6 MUSIC CHRONICLE』にある「ひとり」について書かれた記事だ。
時は1998年、まだ「ひとり」が「夢みるアカペラ人形」だった頃。プロデューサーの中山千恵子氏がア・カペラのシングルとして推そうと考えて、村上の作品を手に動いたくだりである。
「タイアップが必要だろうということで、村上君の一人多重録音したデモを持って広告代理店やテレビ局に売り込んでみたんですけど、その時はひっかからなかったんですね」(中山氏)
この記事を目にした時に「ああ、そういうことか!」と目から鱗がバラバラと落ちた。
-----、だから「Winter Cheers!」ね。
何故、直訳通りな「冬の乾杯ソング」が出来たのか。この曲が何故シングルなのか。
確かに青春群像モードと恋愛モードの掛け合わせが見られる楽曲で「Promise」や「U'll Be Mine」とも違う形を提示できる曲だけど、サビの「僕らの冬がはじける」とか、い・か・に・も!冬のビールを飲みましょう、っぽい、というか身も蓋もなく言えば劣化版「冬がはじまるよ」(槇原敬之)な歌詞(lyric)だと(数年経ってから)アタシが意地悪く思うわけだ!(キーーー)

そう。「冬がはじまるよ」は1990年代にあった「冬物語」という"冬季限定ビール"のCMタイアップ曲だった。
「冬がはじまるよ」以降、この冬季限定ビールのCMタイアップに採用された楽曲は"売れた"。ヒットした曲が多いのだ。
槇原敬之「冬がはじまるよ」(1991)。
高野寛&田島貴男「Winter's Tale〜冬物語〜」(1992)。
伊豆田洋之「冬の南風」(1993)。
DUAL DREAM「Winter Kiss」(1994)。そしてカズン「冬のファンタジー」(1995)。



カズン「冬のファンタジー」はゴスペラーズ「Winter Cheers!〜winter special」とほぼ同時期-----『JD』でも同時期(1995/11)にエントリーされ、カズンが2位、ゴスペラーズが8位に入っている-----の冬の楽曲。
そして、「冬のファンタジー」を歌っていたカズンは当時、ゴスペラーズと同じレコード会社所属だった。
カズン「冬のファンタジー」の宣伝文句を見ると「ビックチャンス掴んだんだかんね、売るんだかんね」感が凄まじくて此方が驚いてしまう。
いとこ同士の男女デュオ“カズン”3枚目のシングルです。これからの冬の定番ともなりえるスケールの大きさを感じさせる美しいバラードです。TVCMとカラオケとの連動で大ヒットを狙います。(URL)
何で「Winter Cheers!」ってタイトルで、シングルだけは後ろに「〜winter special」ついて、何故に両A面なの?はプロデューサー氏のことだ、タイアップだ、恐らく冬ビールのCM狙ってたんだろうなー…
そんな推論がカッチリ頭の中で組みあがったのは『Japanese Dream Vol.6 MUSIC CHRONICLE』を読んだ2001年のことだった。

ところが話はこれで終わらない。
2012年になって、私はこういう文面を目にした。
カズンと言えば「冬のファンタジー」で皆さんご存知だと思いますが、ビールのCMで使われて、そのCMのコンペにも僕のいたTWO of USも出していたんです。つまりカズンに負けたのね(笑)。(URL
以上、抜粋。全文はURL先を参照のこと。
カズンと同時期にソニーに在籍したTwo of US(男性デュオ)の川久保さんのブログの一文に私は「!!」となったのだ(なお、Two of USに関しては2003年「アカペラ港」についてアレコレ語った「replay」なる三者対談も序盤に言及しているので参考されたし。実は「Promise」が『JD』で最終週逆転での1位獲得だったことも触れている)。

と、ここまでドップリ「Winter Cheers!」について書いておいて、もうひとつのシングル曲「Higher」は?と思うかもしれません。が、「Higher」については2005/12/6に書いた「1/5」というエントリー、これが今(2013年)「Higher」について思っていることなんです。だから、これ以上、書かなくてもいい。
サビが「壊していこう」だったら「そうかなあ」と疑心を抱いたと思う。「壊していこうか」だったから、ストンと気持ちに響いた。
そういうことです。
今も変わってないんですね、それは。だから長々と「Winter Cheers!」について書いてみた次第。

Winter Cheers!
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